TAKEO タケオ  「新倉壮朗の世界」

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カテゴリ:タケオについて( 23 )


2012年 03月 27日

タケオの魅力

「障害」をもつ人たち(とくに「知的障害」がある、とされる人たち)は、
家族や施設のスタッフとの関わりはあっても、水平的な友人関係、仲間、
といった関係は、いまだ持ちにくい状況にあります。

タケオの面白いところは、アフリカンドラムの包容力のなかに、
タケオも僕らも、アフリカ人達も、包まれ、
横並びの仲間関係/コミュニケーションのなかに生きていることです。
すくなくとも音楽をやっている間は。

また、僕らやアフリカ人達が一方的に「愛」を傾けているわけではなく、
まず何より、ヤツのタイコへの愛・情熱があって、
そこに魅力を感じ、人が寄ってくるんだと思います。
 
               マライカリーダー  赤井浩(写真右から2人目)

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                                                   撮影 鈴木紀夫

by takeo_yume | 2012-03-27 10:01 | タケオについて
2011年 08月 18日

野村誠氏の感想

野村 誠
作曲家/ピアニスト/鍵盤ハーモニカ奏者

映画「タケオ」には、副題として、「ダウン症ドラマー」とあります。
彼の太鼓の演奏は素晴らしいと思うのですが、
実は、ぼくは彼のピアノの演奏をとても高く評価しているので、
そのことをお話しようと思います。

タケオ君のピアノの演奏は、もちろん、いわゆるクラシックやジャズのピアニストの演奏とは、
全然違う無調の演奏が多いのですが、無調のピアノの演奏というのは、なかなか難しいのです。
フリージャズなどで、従来の調性音楽の型にはまらない演奏を数多くのピアニストが試みてきましたし、
現代音楽の分野では、知的に構想され複雑な法則性から組み立てられた無調の音楽が多く作られました。
タケオ君は、多分、こうした無調の音楽自体は、あまり聞いたことがないと思うのですが、
彼のピアノの演奏は、こうした無調のピアノ音楽でなかなか生み出せない音楽のエネルギーや、
時にゾクゾクとする美を実現しているのです。
そういう意味で、彼は新しい領域を切り開いているピアニストだと思うのです。

彼が太鼓を叩いているのは、技術的にも上手ですし、
しかもアフリカのリズムの独特のグルーヴ感を持っているのですが、
彼のピアノは、そんな風に一般的に評価できる枠組みを越えたところで、素晴らしいのです。
でも、ぼくは、彼のフリーなピアノの音楽性を知っています。
多くの前衛ピアニストと同じくらいに、彼は最先端に位置するピアニストだと思うのです。

そのことを確認するために、ぼくは、「新倉タケオの世界」に出演して、彼と2台ピアノで共演しました。
正直、彼と共演するのにあたって、ぼくは本気で臨もう、手加減はしないと決意しました。
もし、彼が中途半端な演奏をしても、一切手助けはしない。
また、彼が本当に素晴らしくて、ぼくなど足下にも及ばないくらい凄かったら、
それに必死に食らいついていこう、と思ったのです。

実際に共演してみて思ったのは、二人の間に隔たった力量の差はなく、
対等な即興演奏を楽しめた、ということです。
60分のセッションが終わった後、タケオ君は、楽屋でヘトヘトになっていました。
それだけ、彼の全身全霊で、ぼくの音楽に応えてくれたのだと思います。

タケオ君は、出会った人の物真似をしながら、次々に何でも吸収していきます。
ということは、誰に出会うかで、彼は、もっと成長することができるのでは、とぼくは思います。
彼のピアノの演奏をもっと伸ばしていくために、前衛ピアニストの演奏会の場に連れて行ったり、
フリー・インプロヴィゼーションのライブに出演してもらったり、
彼のピアノの活躍の場を設けることはできないだろうか。
彼のピアノの才能が本当に評価されるのは、まだ何年か先のことになるかもしれません。
ぼくも、彼と新作を発表するような仕事をいつかやりたいと思います。
そのために、タケオ君も、日々、切磋琢磨をしていて欲しいな、と思うのです。

あと、アフリカの太鼓があれだけできるようになるのなら、
日本の和太鼓や、能や歌舞伎の鼓などを、彼に教えれる人はいないのだろうか、と思ってしまいます。
教えない教え方ができる人さえいれば、
彼はあっと言う間に和太鼓の達人になれるだけの素質を持っています。
それは、古典音楽としての太鼓ではなく、彼なりの新しい和太鼓の表現になるはずです。
芸能保存会で保存していく太鼓ではなく、現代日本に生まれ変わるタケオ感覚の和太鼓で、
心揺さぶられたいな、という夢を、ぼくは見ています。


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     2010.7.24                                  足立剛一 撮影                           

by takeo_yume | 2011-08-18 10:40 | タケオについて
2010年 12月 02日

仲間のタケオへの思い

「障害」をもつ人たち(とくに「知的障害」がある、とされる人たち)は、
家族や施設のスタッフとの関わりはあっても、
水平的な友人関係、仲間、といった関係は、
いまだ持ちにくい状況にあります。

タケオの面白いところは、アフリカンドラムの包容力のなかに、
タケオも僕らも、アフリカ人達も、包まれ、
横並びの仲間関係/コミュニケーションのなかに生きていることです。
すくなくとも音楽をやっている間は。

また、僕らやアフリカ人達が一方的に「愛」を傾けているわけではなく、
まず何より、ヤツのタイコへの愛・情熱があって、
そこに魅力を感じ、人が寄ってくるんだと思います。
 
                                 マライカメンバー


       ワガンと談笑
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       アブライとピース
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by takeo_yume | 2010-12-02 10:47 | タケオについて
2010年 02月 17日

赤井君の言葉

タケオのエネルギーの出しっぷりはすごい。 
タケオはより深くアフリカとつながっている。 
  
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                                                     足立剛一 撮影

by takeo_yume | 2010-02-17 13:38 | タケオについて
2009年 09月 10日

15年前の記

15年前、子どもの本について出版関係の小冊子に依頼されて書いた文。
このブログを、嬉しいことに小さなダウンちゃんのご両親様達が読んでくださっている。
いくらかでも参考になったらと思い掲載します。


感じる心

我が家には、小学校4年生と1年生の男の子がいます。2人の息子を通して、言葉の意味を知ることが出来ました。

長男は、小学校に入って初めて文字を習得しました。それまでは、自分の名前をようやっと読める程度で、字にはほとんど興味を示しませんでした。彼が字を書けるようになって、次に、「文章」なるものを綴れるようになった時には、感激しました。小さな手で握りしめた鉛筆の先から、言葉が生み出されてくるのです。私は、胸をときめかせて見ていました。その時、心の表現である言葉の素晴しさに、身震いするほどの感激を受けました。

読み書きが出来るようになった彼は、本に興味を持ちました。本への傾注ぶりは激しく、測り知ることができない位でした。授業中でも、本の内容や読み続きが頭の中で渦巻いていて、先生のお話や、今置かれている状況もわからないという状態でした。現実の世界と想像の世界が入り乱れ、四六時中わけのわからないこと(他人が聞くと)をつぶやいたり、奇異な行動(他人が見ると)をしていました。彼にとって、本は不思議な世界を与えてくれたのです。
本の置いてある図書室や図書館は、彼には魔法の国でした。時間のたつのも忘れて、本にのめり込んで過ごしました。団地の集会所で開かれる子ども文庫のおはなし会には勇んで行き、図書館車の巡回日には学校から早く帰ってきました。興味の対象もその時々で変わり、どんどん膨らんでいきました。本を読むことによって、彼特有の人格が作られていったような気がします。

次男は、この世に生を享けた時からダウン症というハンディを持って生まれてきました。未だに字は少ししか読めませんし、言葉も片言しか言えません。でも、目で、手で、足で、全身で小さな心のおしゃべりをするのです。喜怒哀楽の感情を伝えるのです。感じる心があって、初めて言葉になるのだと痛感しました。言葉の無い次男が、お友達に好かれる人格を持ち得ているのには、親の私が感服します。人間らしい感情、感性があれば、人間的に過ごすことが出来るのだとわかりました。

我々両親には、一つの大きな課題がありました。長男にいかにして、いつ、次男の病名を知らせるかでした。膝づめ談判で、「実はねー。話があるんだけど・・・」はしたくありませんでした。「この本を読んでみて」の強制も嫌でした。あれこれとためらっているうちに、月日を重ねてしまっていたのです。

ある日、突然、長男が「ダウン症って何?」と質問してきたのです。一瞬、私はぎょっとしました。誰かにからかわれでもしたのか、あるいは、知恵をつける人がいたのかなと気になり、悟られないように問いただしてみると、「子ども文庫の『うさぎぐみとこぐまぐみ』(かこさとし/ポプラ社)に出てくる、ショウタちゃんとセイちゃんのお兄ちゃんは、ダウン症なんだって」とこともなげに答えるのです。逡巡する気持ちはありましたが、さりげなく、「弟もダウン症なんだよ」と知らせました。長男は「えっ」とびっくりしましたが、ニコニコして「病気だったら治せるじゃないか、成長を止めているその余分な染色体を薬とか手術で取ってもらおう。そしたら、おしゃべりが出来るようになるよ」と言うのです。
治せない病気のあることを教えました。

日常生活の流れの中で、ごく自然な形で我が家の難題を解決できたのは、長男が本好きだったことと、ダウン症という病気の子供のことを取り上げて書いた本があったこと、子供の手の届くところに本があったことだと思います。

私たち親子にとって『うさぎくみとこぐまぐみ』の本に出会えた喜びは大きく、感謝、感謝の気持ちでいっぱいです。生きた本の活用が出来ました。

長男は溢れるばかりの感じる心が、いろいろな本を希求し、次男は感じる心が純粋な表情になっているのです。
人が生きていく上で一番大切なのは、感じる心だと子供たちに教わりました。

by takeo_yume | 2009-09-10 17:53 | タケオについて
2009年 03月 07日

「小さい勇気」

2008年度 住友生命 未来を築く子育てプロジェクト 「エッセイ・コンクール」 優秀賞受賞作品

                                    
息子 壮朗がダウン症の障害があると解かった時、私の未来は無くなった。
生きているのが辛かった。どういう方法で死ぬかをぐるぐると思いあぐんでいた。
遺書も書いた。自分の事しか考えていない愚かな母だった。

悶々として、落ち込むだけ落ち込んだ。自己嫌悪にさいなむ母をよそに、息子はゆっくり育った。
暗いトンネルの中にうずくまっていた私が、針の穴の光でいいから欲しいと思うようになったのは、
壮朗がやっと歩き始めた3歳の時だった。この子を保育園に入れようと思いたち、市の福祉課を訪ね、
そこで出会った先生が私を陽の当たる場所に導いて下さった。

壮朗は音楽が大好きだった。特に打楽器に打ち込む姿は嬉々としていた。
小学6年生の時、アフリカの太鼓「サバール」のワークショップ再募集の新聞記事を目にし、
恐る恐るお願いしてみた。
主催者は最初、戸惑いを見せたが指導者のセネガルサバール奏者の承諾を得て参加できた。
それからは、壮朗の人生が変わった。
太鼓三昧の日々が展開し、太鼓上手になった。
そして、在日のアフリカのミュージシャン達との交流が始まり、彼らのライブで熱狂的なステージを踏み、
文字通り「音楽には国境も障害もない」体験をした。

当初は好きなことが見つかり、自分で楽しんでいるだけで十分だったが「外に発信しよう」の声かけに応じ、
高校1年生の時、コンサートを催した。
壮朗の太鼓は彼の鼓動、体中のエネルギーが音となって溢れ出て、溌剌と生を表現し、謳歌した。
以来、壮朗は枠を取り外し、人間が本来持っている原点の表現を引き出す「音の開放広場」を作り続けている。

数年前より、こんな幸せをくれた「セネガルに行きたい」と夢を抱いた。
夢があるだけで喜びだったが、今年1月、念願叶い行ってきた。
セネガルでの体験を中心にしたドキュメンタリー映画「タケオ」も製作中だ。

晴天の霹靂で障害児の親になり、世間に対して、おどおどしていた頃、
ある方が「小さい勇気を持ちなさい」と助言をくれた。
生きるのが精一杯で何をするにも躊躇し、どうしても一歩踏みだす力が無かった私が「小さい勇気」だったら持てると、
この励ましを心に刻んで、チャレンジした。
結果、保育園に通い、アフリカの太鼓を知り、コンサートを開くようになり、セネガルにも行ってきた。
思いもかけない豊かな日々が展開したのです。

外に出ると必ず出会いがある。その出会いは次の新しい出会いに繋がり、どんどん場が広がる。
出会いの数だけ、喜びや悲しみがある。
今まで、いろいろな方とのさまざまな心の交流が、私を支えてくれた。
出会った人達との喜怒哀楽は、生きる醍醐味と力になった。

現在、壮朗21歳、障害を不幸だと決め付けていた私が、壮朗の周りに集まって来る優しい仲間と、
笑いの渦の中で暮らしている。

小さい勇気が、一生続く沢山の出会いをくれたのです。

                                                           新倉書子

このエッセイコンクールの表彰式で,タケオとタケオママに会った審査員の堀田力さんが,
京都新聞のコラムに書いて下さいました。新しい出会いがまた広がっていきます。(榊)
→堀田力さんのコラムはこちら

by takeo_yume | 2009-03-07 09:16 | タケオについて
2009年 01月 15日

杏奈さんの感想

先日、新倉壮朗(タケオ)君とのジャムをやらせて頂きました。
タケオ君の「本能」といいますか、身体の中に確かにある嘘偽りないリズムと表現。
圧倒的な表現とタケオ君のお茶目な部分にしてやられながらの2時間。
たっぷり堪能させて頂き、そして踊らせて頂きました。
子供の頃に戻ったかのように思い切り遊んでしまいました。
嗚呼楽しかったです。

タケオ君を観ていると
難しい事をコネクリ廻してダンスを考えること自体に
大きなクエスチョンマークが幾つも浮かび上がって来ます。
何かお題がなければ踊れないのだろうか・・・
何か素晴らしい事をダンスでやってのけなければならないのだろうか・・・
「ただ踊りたい」というだけで踊ってはいけないのだろうか・・・

と、そんなシンプルな部分に直面する事が出来ます。

色々と難しい事を考え過ぎて
ダンス自体が苦しくなっている時には
それらと直面する事は、本当に心にそして身体に沁みます。

私何やっているんだろう・・・
少しでもそう思っている時には、、、沁みます。
でも、温かく背中を押しても貰えます。

今回もタケオ君に背中を押して貰えたような感覚です。
心から感謝したいです。
有難うございます。

by takeo_yume | 2009-01-15 10:25 | タケオについて
2008年 10月 04日

プログラムのメッセージ

タケオさま                               2008.5.24

パパ ドゥドゥはあなたのアーティストとしての活動を応援しています。
神様があなたを長く見守り、たくさんの成功と健康をもたらすことを祈っています。
良い公演であることをお祈りしています。

                       ドゥドゥ・ニジャエ・ローズとファミリー一同より

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by takeo_yume | 2008-10-04 11:58 | タケオについて
2008年 09月 21日

プログラムのメッセージ

壮朗が、私のダンス・ダイナミック・ワークショップに初めて参加した時、
私は五線に関する生来の才能と、
天性の音楽性と、
申し分ないタイミングセンス・・
言い換えると、生まれながらの演劇的アーティストである・・
を併せ持ったひとりの若者に出会った。

彼が必要だったことは、
彼の天賦の才能を磨くための音楽や、
ダンスをする更に多くの機会と、
人前で演奏をすることだった。

彼の家族や先生方や友人達の援助でこれらの機会が与えられ、
その結果として、壮朗はついに尊敬される演奏家となった。

私が彼に心から願うことは―これは私の熱烈な願いなのだが―
彼がこの次にするコンサートが、
アーティストとしての能力を伸ばしたいと熱望している全てのアーティスト達の灯台となって欲しいということです。

イギリス在住で、アメリカ、ヨーロッパ各地にて創造的な「ダンス・ダイナミックス」を教えている
壮朗のダンスの先生
                                           Wolfgang Stange

by takeo_yume | 2008-09-21 10:47 | タケオについて
2008年 09月 20日

プログラムのメッセージ

タケオは師匠                    2005.10.22
 
ジャンベを始めたばかりの自分にとってタケオは師匠です。
つけあがるから本人には言いませんが。
彼のステージングは演奏だけに限らず、
人を楽しませるためのアイデアが溢れていて、
音楽に携わる者として大変勉強になります。
いずれは教わるばかりでなく、
お互いに刺激し合える関係になれたらいいな。
まだまだ一方的に技を盗んでいる状態ですが。
                                  上條 嶽


                       

by takeo_yume | 2008-09-20 09:41 | タケオについて