TAKEO タケオ  「新倉壮朗の世界」

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2022年 09月 13日

第21回定期コンサート「新倉壮朗の世界」no.5

ササマユウコさんが第21回コンサートにご来場下さり、
含蓄ある感想を記して下さいました。
昨夜はここ数年聴いている新倉壮朗さんのコンサートに。
10年程前に、岩波書店での大友良英さんWSに参加する彼のパーカッションを聴いてから注目していましたが、
地元かつ共通の知人が多く関わるミュージシャンと知り、時おり演奏を聴かせて頂いています。
特に最近は「誰にも似ていないピアノ」が印象的。
昨夜もコロナ禍の独りの時間がピアノを進化させていて、1音目から本当に美しかった。
西洋音楽のロジックのようでいて誰にも似ていない。
「タケオさんのピアノ」が好きです。
身体に染み込んだアフリカン・パーカッションを演奏する時の安定感やプロフェッショナルな雰囲気とはまた違って、
考えた末に鍵盤から音を選び出し、響きと対話し、時にピアノの前で長い沈黙に至る様子もオンガク的でした。
マスクをした客席は表情(笑顔)が見えず、タケオさんにはやりづらいだろうとも思いましたが、
舞台上の笑顔をみて幸せな気持ちになりましたし、会場も良い雰囲気で盛り上がりました。また来年!!
余談・・・
このところずっと、音楽にも美術のような「アール・ブリュット(生の芸術)」が可能か否かを考えています。
即興であることを条件にしても、「技術の訓練」をどう捉えるか。
音が思い通りに出せない楽器は「表現」に至らず省くと、声、身体、打楽器(ピアノ含む)が自ずと残ります。
しかしそれは楽器の使い方に囚われているからです。
これは受け手の問題になりますが、そもそも音楽のルール(文法)をどう考えるか。
現代音楽のような脱構築もあり得るわけですが、アール・ブリュットは「衒い」ではなく「自然」でありたい。
そもそもルールとは何か。
音が心地良ければよいか。
心地良くない音は非双方向的で暴力ではないか?
心地良ければオンガクか、、
ここから還暦までの2年間は文章化に努めますが、そろそろ対話の場を再開したいなと思う今日この頃です(苦笑)。
写真:尾藤 幸彦
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by takeo_yume | 2022-09-13 16:54 | ライブ報告


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